サッカー(ヴェルディ)以外の日常を綴ります。
http://cycun1944.blog.fc2.com/
--
--.--.--
--:--
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
編集[管理者用] このページのトップへ

 

Mon
2011.12.19
19:45
 
もみじ


もみじの葉を太陽に透かして覗くみると、
燃えているように赤く映る。
どうしてこんなにも赤いのだろうか。
自然界の色彩は、
時に僕らの想像を超えるのか。
日曜日の朝。
鼻にツンとするような冷たい空気が触れる。
混ざり気のない太陽と遥か遠く青空が、
もみじを赤く彩っている。
こんなにも鮮やかな赤だと、
僕のモノトーンの心が、
余計に悲しく見えてみえてしまいそうだ。


僕はもう30年もこの街に暮らしている。
玉川上水の手入れの行き届いていない木々も、
僕にとっては当たり前の景色となった。
ただ思い返すと、
この人工川のどこへ続くとも分からない不完全さが、
小さい頃はなんだか恐ろしかったりした。
舗装路ではない道と鬱蒼として全貌が分からない川路が、
きっと少年を不安にさせていたのだろう。
ところが大人になって歩くと、
武蔵野らしい閑静な風情が感じられ、
もしろ落ち着く場所だと気づいた。
それでも少年時代の不安な気持ちは、
少しだけ僕の心に宿っているのである。


そうやって落ち着きと微かな不安を感じながら、
僕は玉川上水のもみじを見上げている。
しばらく佇んでいたら、
陽だまりを求めて彷徨う野良猫と目が合った。
お互いに寒々しく白い息を吐く。
何だか同じ様な場所を求めている様に思えた。
ずっとこの街にいるけれど、
僕も本当は野良猫と同じように、
陽だまりへと歩んで行かなければならないのかもしれない。
では陽だまりがどこかと問われても、
残念ながら定かではないのだけど。
ただ足元の根っこが僕をここに押しとどめているのには、
最近改めて気づいた。
根っこは気づけば僕の体内深くまで寄生し、
僕自身と一体となって絡み付いている。
心をずっと縛り付けている。
例え根っこを無理やりにでも断ち切ったとて、
僕の中に深い根は消える事はないだろう。
というよりもまず、
どうしても断ち切る事が出来ない。
野良猫の様に、
ふわりと陽だまりの方には歩めないのだ。


少年期や青年期をこの街と共に過ごした街。
この街も僕も多くは変わった。
そして僕も大人になり、
さらに変わろうとしている。
しかし変わろうとする一方で、
変わらない風景や変えたくない時間、
失いたくない人達がいる事に気づいた。
そして最も僕を引き止めるのは、
心に絡みついた根である。
その根は幹を伝い葉に伸びていき、
もみじを赤く染めているのだと分かった。
この美しい色付きが、
僕をこの街から離れなくさせているんだ。
冷たい空気が鼻をくすぐり頬を撫でる。
太陽と青空を背に美しく染まるもみじの姿に、
僕はもう一歩すら動けなくなってしまった。
スポンサーサイト
 
Category * 小話
Trackback(0) Comment(0) 編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Comment

 

 Secret?

 

 

 

 
Copyright © 2017 新きっと鴨はシャイ, all rights reserved.
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。