サッカー(ヴェルディ)以外の日常を綴ります。
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Mon
2012.05.21
17:48
 
DSC_0254.jpg
▲撮影した金環日食。Nikon D90 TAMRON 28-300㎜ PRO ND100000フィルター使用 1/125 F8 ISO Lo1


2012年5月21日 AM7:30。
僕は金環日食の撮影の為、
井の頭公園の広場でカメラを構えている。
周りには日食グラスを手に珍しい太陽を眺める人が数人。
気まぐれな太陽は、
雲の切れ間を行き交いながらも、
どうにかその姿を留めている。
少しずつではあるけれども、
確かに進んでいく日蝕の様子をファインダー越しに眺めながら、
僕は今日という日をいつまで憶えていられるのだろうかと自問している。


金環日食とは大雑把に言うと、
月が太陽の正面を通る事で、
大きなリング状になる現象を指す。
僕自身も後から知ったのだが、
皆既日食では太陽が完全に隠されるのに対し、
金環日食は太陽が完全に隠されることはない。
そのため辺りが極端に暗くなる事もないし、
皆既日食の様に外枠にコロナが出現する事もない。
オレンジ色の指輪の様な円が作られるのが大きな特徴だ。
そしてこれが天文的に非常に稀であり、
日本国内で起こる金環日食としては1987年の沖縄金環日食以来25年ぶりらしい。
さらに次に広範囲で観察できるのは300年後とあって、
メディアを中心に大きな話題を呼んでいるのだ。


ちなみに金環日食は、
その特異な現象から数々の逸話を残している。
1183年。
平氏と木曽源氏が戦った水島の合戦中に金環日食が起こった。
源氏側は欠けていく太陽に恐れをなし混乱したのに対し、
平家は日食が起こることを事前に知っており戦いを有利に進めて勝利したと言い伝えられている。
昔は不安や恐れの対象とされたのが国内外で多く見られるパターンの様だ。
その一方で現代社会では違った見方もされる。
DREAMS COME TRUEの「時間旅行」という楽曲の中で、
次のような歌詞がある。

「指輪をくれる? ひとつだけ 2012年の金環食まで待ってるから そうよ 太陽の指輪」

ご覧のように金環日食を指輪に例えた名曲だ。
ドリカムファンからしてみれば22年前の作品で歌われたエピソードが、
四半世紀近く経ちようやく実現するのである。
恐らく万感の思いなのであろう。
僕の身近にも熱狂的なドリカムファンがいる。
実は金環日食を知ったのもその人物からであった。
歴史的な逸話とドリカムの記念日。
そう考えると良きにつけ悪きにつけ、
金環日食は人々の心を魅了する現象の様に思う。
天文的なイベントというだけでなく、
みな心に寄り添うからこそ個人的にも興味が沸いていた。


さて。
いよいよだ。
部分食から次第に金環食へと導かれていく。
万人が空を見上げる姿は、
詩的にも、
あるいは滑稽にも写る。
今この瞬間、
どれだけの人達が同じ太陽を眺めているのだろうか。
…その時が来ると、
周りから感嘆の声が漏れ始めた。
そして若いカップルも親子も、
僕に絡んできたうるさいおじいさんまでも一様に黙りこくる。
僕はと言えば、
ひとりでやはり黙る。
おおよそ5分くらいであろうか。
国民が見守る中で、
世紀の天体ショーは静かに終わった。


金環日食。
僕の感想を言おう。
それは限りなく金の“輪っか”であった。
僕にとっては、
不安を駆られる不気味な現象でもなく、
大空に輝くロマンチックなエンゲージリングにも成りえなかった。
それこそ無機的に、
“金の輪っか”は“金の輪っか”以上の意味を持たなかったのである。
だからこそ余計に思う。
僕は2012年5月21日を永遠に記憶に留めておけるであろうか。
頭上に輝く大きな金の輪と同様に、
僕の心に霞む今の想いすらも忘れてしまう日が来るのであろうか。
それって何だか寂しくないか!?
だから…。
僕は今日という日を写真に残す。
“金の輪っか”と“今の僕”を写真に焼き付ける。
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