サッカー(ヴェルディ)以外の日常を綴ります。
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Thu
2012.03.29
17:43
 
共喰い

臭気漂う怪しい川辺に住む17歳の遠馬。
父親とその愛人と一つ屋根の下で暮らしている。
産みの母親は、
近くで魚屋を営んでいる。
ひとつ年上のガールフレンドと、
若さゆえの情事に没頭しているのだが…。
遠馬は悶々と苦悩する。
日常的に暴力的な父親の性行為を目撃していくうちに、
強い嫌悪を感じながらも、
自らにその一端がある可能性に気づいてしまったのだ。
救いようのない暴力と性を、
印象的な風景描写を交えて戦慄に綴る古典的な純文学。
第146回芥川賞受賞作品。


暴力と性を題材とした作品は少なくない。
本作が他と比べて芥川賞を受賞する程に優れた作品であるか否かは、
今の僕の読解力では正直分からないのは残念である。
同氏の受賞の会見が大きな話題を生んだのは記憶に新しい。
その印象ばかりが先行してしまい、
作品にも先入観が入ってしまった感も否めない。
ただそれを考慮しても、
僕には分からなかった。
確かに戦前戦後の文学作品を彷彿とさせる重厚感はある。
特に自らに内包される暴力を伴う性的欲求を鰻で隠喩する場面は秀逸だ。
実家の前を流れる川を女性器に例える父親の言葉にも、
ある意味ではセンスを感じる事は出来た。
陰鬱で病的なアパート前に座る女性や、
片手が義手の産みの母親など、
登場人物を印象的である。
全体を通して感じる臭気と熱を帯びた情景描写も、
他にはない世界観がある。
でも、
どうしても僕には分からなかった。


そもそも暴力と性を題材とした場合、
果たして作者は読者に何を読ませたいのだろうか。
まさか性的な描写に対して興味喚起を起こさせたい訳でもなかろう。
では何らかの救いや、
あるいは進むべき道を示してくれようとしているのだろうか。
本作は恐らくいずれにも該当しないだろう。
もし作品に暴力と性という表面上の狂気以外に、
何らかのメッセージが含まれているのなら教えて欲しい。
何度も言うが僕にはそれが分からなかった。
一応言っておくが、
常軌を逸してはいるものの、
実は誰しもの日常生活に存在しうる事であると、
作者が伝えたいのは理解した。
普段は温厚な父親も、
どこか気の抜けた女性達を登場させたのも、
誰しもに起こりうる問題なのだと印象付けたかったのだろう。
だがそれを伝えた所で、
何の解決にもなっていない。
解決になってない故、
このままでは単に不快なまま終わってしまう。
過激な性描写は、
単に過激な性描写で終わってしまうではないか。


そう思うと芥川賞って何なのだろう。
単に文章のレリックが秀逸であったり、
世界観が確立されていたら受賞に値するのであろうか。
確かに誰にも起こりうる事なのかもしれないが、
大半の人間は勿論あんな馬鹿ではない。
もし心の奥底に存在しうるにせよ、
一生表面なんかには上がってこないのが普通だ。
だからこそ、
文学を通して気づかされる。
でも救いがないから求めるのだ。
小説に…。
とりあえず話題作であるし、
皆さんで読んで考えて欲しい。
ちなみに僕は、
最後の一文が堪らなく嫌いだ。
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