サッカー(ヴェルディ)以外の日常を綴ります。
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Mon
2012.03.26
19:11
 
一瞬でいい


軽井沢に住む稀世と英次、
東京から夏の間だけ軽井沢に訪れる創介と未来子。
幼馴染の男女4人は、
高校卒業の記念に浅間山登山を企画する。
彼らは、
どこにでもいるような普通の高校生だった。
その一瞬が訪れるまでは…。
きっかけは悪天候の登山の中。
突風に煽られ創介が脚を痛めてしまった事に始まる。
友人を助けるべく一人下山を決意した英次。
しかし、
その時に悲劇が。
英次はそのまま戻る事なく、
帰らぬ人となってしまったのだ。
普通の高校生から一転、
残された3人は心に深い傷を負いながら別々の人生を歩む事に…。
友人を失った後悔と、
複雑に交差する感情が切ない、
大人のラブストーリー。


そう。
ラブストーリーである。
珍しくそういった種の小説が読みたくなって本書選んだ。
恋愛模様はどこにでもある様な3角関係。
それが友人の死という共通の悲劇が絡む事によって、
より切なく複雑さを増している様に思えた。
それぞれが自責の念に苦しみ、
本当は想う人を求めているのに、
それを拒んでしまう。
お互いをわざと遠ざける様な人生を選ぶ姿が切ない。
特に創介の人生は壮絶だった。
事故の前はジャーナリストになる夢を持つ普通の青年であった。
登山の前夜には稀世に想いを告げ、
一生に東京で暮らそうと伝えるなど行動力もあった。
ただ英次の死が、
すべてを変えてしまう。
自分の軽率な行動が、
友人の命を奪ってしまったと思い込んだ創介。
彼は家を飛び出し、
一人で全国各地を転々とする。
英次に対する懺悔こそが、
彼の人生となってしまったのだ。
読者の感情は、
破滅的な選択などしないでくれといった所だろう。
そんな思いとは裏腹に、
創介は遠くへと行ってしまうのが痛々しかった。


ただそれでも運命というのは不思議なモノで、
離れ離れになったはずの3人は、
時を越えて再び交差する。
そこには以前と変わらぬ感情があり、
複雑に彼らに影響を及ぼすのである。
もちろん僕の半生には、
彼らの様な悲劇などあるはずもないのだが、
物語に深みをもたらす“縁”というキーワードには、
自らを投影する事出来た。
いや恋愛小説は自分を重ねる為にあると思っているので…。
誰も他人の恋愛なんぞ大した興味もなかろう。
自分自身に当てはめるから、
心に響くし感動するというのが持論である。
そういう意味から
物語の“縁”という部分をフューチャさせて頂いた。


僕ももう30歳であるので、
あくまで一般論から言えば、
もうそんなに多くの恋愛などしないだろう。
要は落ち着く年代に差し掛かって来たのである。
(晩年にアバンチュールな関係があっても悪くはないが…。)
そんな落ち着きの入り口の年代になって気づく事がある。
年齢を重ねても変わらない感情をひとつ挙げるとするなら、
それは恋愛感情に他ならないという事だ。
どこかで大人になれば恋愛に対する考え方も変わるのかなと思っていた。
しかし結局は、
今も昔もこの先も僕らは、
大して成長もせずに恋愛で悩み救われるのである。
もっと言えば、
本当に好きなった人からは一生離れる事が出来ない。
きっと人間とはそういう生き物なのである。
稀世も創介も未来子に関しても同様だ。
どんなに成長してもお互いを想う気持ちは、
高校生の時と変わりはしない。
そして変わらぬ感情は、
どんなに避けようと努力しようが、
結局気づかぬうちにお互いを再び引き合わせていくのだ。
読み進めながら、
これこそ“縁”と呼ばれるモノであるのではなかろうと考えていた。
“縁”とは偶然でなく、
お互いを想うことよって生まれる必然なのかもしれない。
主人公達は消し去れない悲劇の中でも、
お互いを想い続ける事で生まれた“縁”に導かれていった。
僕個人も、
そんな“縁”を大切に生きて行きたい。
30歳のオッサンが恋愛小説を読むのも、
なかなか気持ちが悪いなと自覚しつつも、
意外とハッとさせらる事が多い一冊であった。
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